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記事No 63
タイトル 信心のありよう
投稿日 : 2017/11/26(Sun) 14:17:02
投稿者 階川雅成
参照先
神を敬う心
神への信仰において最も大切な物は神を敬う気持ちである。
敬うとは自らよりも高位の存在を尊敬し、讃え、礼を尽くす事を言う。
神への感謝を忘れず、神を尊重し、手厚く遇する事が寛容である。

教義の遵守
神を信仰する宗教ごとに、守るべき教義というものが存在する(教義が厳密でない宗教でも、禁則事項はあるだろう)。
この教義は神が自ら制定するものもあるだろうが、多くは人が神と適切に接するために、怒りを買わず喜びを得る上でよいとされるあり方を規則として制定したものである。
神との接し方、宗教に所属するものとしてよりよくあるべき規範としての教義を守る事は、信心の示し方としてわかりやすいものであるし、
自身の属する宗教の安定化にもつながる。そして同じ神を奉ずる人間が増えれば、それは神にとっての益ともなる。
もちろん、教義を守る理由を忘れて、ただ規則を守る事だけしか考えられなくなるのでは、本末転倒であるし、
それでは神に対する信仰を示せているとは言えないだろう。教義の意味を深く考え、理解し、実践する事が大事である。

俗世との付き合い方
神を信じて敬う生き方は神秘に通じるものであり、人としての暮らしを営む俗世との間には壁がある。
神の信徒として生きる者は、人としての自分と神に仕える者としての自分の二つに上手く折り合いをつけなければならず、
日常的な暮らしの中に神の存在を取り入れたり、信仰心を大事にする中でも衣食住や他の者とのふれあいを大事にしなければならない。
教義で禁止とされている欲望が日常生活においてはありふれているものである場合、これを遠ざけるには深い信仰心や自制心が求められるし、
信教に対する周囲の理解も必要となる。両者のどちらをも適切なバランスで取り入れなければ、信心をもった生き方を続ける事は難しい。


他者の信仰を尊重する
自分の神への信仰心だけが強過ぎると、信仰以外のものを大事にしなくなってしまう事があるし、
特に違う神を信じる者については、蔑ろにするだけでなく、敵対的になってしまう事もおきうる。
人の心は自由で、信じる神も人それぞれである。
他者の信仰を尊重し、敬意を払い、適切な距離を保つ事を心がけなければならない。
それと同じことを相手も実践してくれるのであれば、それは自分の信仰が尊重されるという事にもなる。
他者を尊重する事が、結果的に自身の信じる神への信仰を守る事にもつながるのだ。


寄進による貢献
古来より宗教が金と無縁であったことはなく、神殿およびそれを管理運営する宗教組織の維持のためには、金銭が必要だ。
神職を始めとした、神殿の維持のために働く人員の衣食住を賄う費用が必要だし、
神殿という建造物の補修や改装を含めた維持にもコストがかかる。
これらの資金の出元がどこかというと、その多くは信者からの寄進、つまり寄付ということになる。
信者は暮らしの中で神の存在に助けられ、恩恵に預かる代わりに信仰を神にささげ、
そして自身の暮らしを圧迫しない範囲での金品を神殿に捧げる事で神の恩寵を維持しようとする。
寄進を神が喜ぶかどうかは神の性質によるので一定ではないにしろ、神殿の維持や神の喜ぶ催事を執り行おうとすれば金はかかるものであるので、
義務ではないにしろ、寄進を行う事は信仰を示す手段としてわかりやすく、また意義あるものであるとされる事が多い。

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